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Life with Colors〜わたしを彩る色~|Vol.03 上野水香さん

Life with Colors〜わたしを彩る色~|Vol.03 上野水香さん

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私たちLICOLOが考える“心からの豊かな美”を実現している方々にインタビューをおこなう連載企画の「Life with Colors」
第3回にご登場いただくのは、日本のみならず世界を舞台に活躍しているバレエダンサーの上野水香さんです。

上野さんはチャイコフスキー記念東京バレエ団のゲスト・プリンシパル(トップダンサー)にして、モーリス・ラヴェル作曲/モーリス・べジャール振り付けのバレエ作品『ボレロ』を踊ることが許された、世界的にも数少ないダンサーとして知られています。

人の身体が備える美しさをストイックなまでに追求する上野さんは、女性の象徴である髪に対してどのような思いを抱いているのでしょう。バレエにおけるヘアスタイルの役割や、上野さんのヘアカラー、ヘアスタイルのこだわりなどもあわせてお聞きしました。

『ボレロ』とは

ボレロは世界的に有名なバレエ音楽です。モーリス・ベジャール振り付けのボレロを踊れるのは、許可されたバレリーナやバレエ団だけです。特にメロディーを踊れるのは、世界のトップバレリーナの中でも選ばれしダンサーのみ。

Life with Colors〜わたしを彩る色~|Vol.03

上野水香さん

バレエダンサー

上野水香さん

神奈川県出身。93年、ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞後、モナコのプリンセス・グレース・クラシック・ダンス・アカデミーに留学し、首席で卒業。04年、東京バレエ団にプリンシパルとして入団。モーリス・ベジャールに直接指導を受け、日本で唯一『ボレロ』を踊ることを許された女性ダンサーとなる。23年より東京バレエ団のゲストプリンシパルに就任。最新の公演情報は公式HPをチェック。

目次

シニヨンというヘアスタイルに込められた
頭を小さく見せるための創意と工夫

シニヨンというヘアスタイルに込められた 頭を小さく見せるための創意と工夫

——5歳からバレエを始めたとのことですが、どのようなきっかけで始めたか覚えていますか?

上野さん
幼稚園で私がお芝居している様子を見た近所の方が、私の母に「水香ちゃんはバレエが向いてるんじゃない?」と言ったそうで、母にバレエ教室に連れて行かれたのがきっかけでした。
小学生くらいのころは稽古が楽しくて、学校にいるときもバレエのことばかり考えていましたね。

——バレエ教室の先生は技術だけでなく、髪型や身だしなみについても指導すると聞いたことがあります。上野さんが幼少期に習っていた教室ではどうでしたか?

上野さん
きっと先生は舞台に立つときにまとめやすくて髪の毛が乱れないよう、普段の髪型についてもお母様方に指導していたと思います。
当時は周りの子たちが前髪を下ろしていて、私も下ろしていたんですが、あるときから前髪を上げるように母に言われ始めたんです。
「私も前髪を作りたい」と言ったら「あなたは猫っ毛だから、前髪を作ると踊った時に額に貼りついて乱れるでしょ」と言って、絶対に切ってくれなかったんですよ。それが嫌だった思い出があります(笑)。

ちなみに当時はシニヨン(髪を束ねてお団子でまとめたスタイル)にするとき、「チーク」というスティック糊のようなもので髪を固めていました。
今はヘアスプレーですが、絶対に乱れたくないときはガチガチに固まるタイプのものを使っています。

小学2年生の頃、バレエスタジオでのレッスンの様子(写真中央が上野さん)

小学2年生の頃、バレエスタジオでのレッスンの様子(写真中央が上野さん)

——他の踊りでは髪の毛を靡かせたりすることで表現のツールとして使うことがありますが、クラシックバレエではシニヨンでまとめるのが基本ですよね。バレエでまとめ髪にすることが多いのはなぜでしょう。

上野さん
特にクラシックバレエの場合は、頭が小さくて手足が長く見えるほうが美しいとされています。
そのため首筋から背中にかけて研ぎ澄まされたラインがくっきりと浮かび上がるように、なるべく髪の毛も小さくまとめるのが大事なんです。
クラシックバレエは型が厳格に決まっていますので、髪が崩れてしまうと、その型をしっかりと表現できなくなってしまいます。ティアラの位置やお団子の位置も人によって変えていて、なるべく顔が大きく見えないような位置を研究するなど工夫しているんです。

また、バレエは回転する動きや男性と一緒に踊ることも多いです。髪が乱れると邪魔になってしまったり、自分の視界をさえぎったりすることもありますよね。そうした意味でもまとめる必要性があるとも言えます。

インタビューを受ける上野水香さん

——同じシニヨンにしても、実はすごく綿密に考えて調整しているんですね。ちなみに上野さんが見つけた、顔を小さく見せるための必勝法は?

上野さん
ローラン・プティさんの演目に出たときに発見したのですが、私の場合は絶対に下の方でお団子を作って、前髪を下ろすのがいちばん顔も頭も小さく見えますね。
バレエは演目によって髪型の指定があるのですが、ローラン・プティさんは比較的自由で、頭を小さく見せるということに非常にこだわってらっしゃるんです。

それ以来、指定がないときはクラシックバレエの演目でも下の方でお団子を作るようにしていて。それが私のトレードマークになっていると思います。

ウェーブヘアーに挑戦したのは
『ボレロ』を美しく踊るため

上野水香さん

——上野さんは『ボレロ』を踊ることが許されている日本で唯一の女性ダンサーです。上野さんが『ボレロ』を踊るときは髪の毛を下ろしていますが、その理由は?

上野さん
『ボレロ』は海から上がってきた踊り子がセビリアの酒場で踊るというストーリーなので、振り付けをしたベジャールさんからは「髪の毛を下ろした状態で濡らし、ヘアバンドをしなさい」と指導を受けたんですね。
最初はその通りにしていましたが、『ボレロ』は本来ヘアスタイルやヘアカラーの指定が無いので、髪の毛が担う役割が大きいんです。人によってはポニーテールの方やボブの方、三つ編みのようにしている方もいて、私もより表現を突き詰めていくなかで色々な髪型を試していました。

『ボレロ』を踊る上野水香さん

『ボレロ』を踊る上野さん(写真:Shoko Matsuhashi)

——具体的にはどんな髪型を試したのでしょうか?

上野さん
髪の揺れを際立たせるために「もう少しボリュームを出したいな」と思い、朝から三つ編みにしておいてクセをつけてウェーブ感を出したこともあります。ですが、猫っ毛なので踊っているとどんどんまっすぐになってきてしまうんです。
髪を下ろすと髪の毛が体に張り付いてしまうときがあるので、ポニーテールも試してみたりしました。ポニーテールは周りから評判が良かったですが、私はなかなか納得ができなくて……。

シニヨンにするとお団子が大きくなってしまうので、ずっとパーマはかけないようにしていたのですが、「もうパーマをかけるしかないな」と思って試したら髪の毛に動きも出るし、汗で濡れても身体に張り付かなくてウェーブも出るし、すごく自然でよかったんです。
それ以来ずっと今の髪型をキープしていますし、ある意味で『ボレロ』を踊るためのヘアスタイルと言えますね。

インタビューを受ける上野水香さん

——髪型はべシャール氏のような芸術監督と相談しながら試行錯誤していったのでしょうか?

上野さん
いえ、私以外に『ボレロ』を踊る女性ダンサーは他にいなかったので指導できる方もおらず、「女性のボレロはどうあるべきか」を自分自身で考えながらやるしかありませんでした。
前髪をスプレーで固めてみたり、ヘアバンドをピンで固定してみたり色々と試したのですが、最終的にパーマをかける以外は何もしないのが一番だと思いましたね。
他の踊りでも髪の毛の動きを表現の一部に取り入れることがありますが、ベシャールさんの作品は髪の毛がとても大事な要素なので、所属するダンサーも髪の毛が豊かで個性的な人が多いんですよね。

——現在はヘアカラーもしていらっしゃいます。今までのカラーやヘアスタイルがどう変わってきたか教えてください。

上野さん
母からはずっとアップにするように言われていたので、19歳の頃にはじめて前髪を作ったのが最初の挑戦です。それまでずっと髪の毛を分けていたので、放っておくと前髪が割れてしまうのでヘアスプレーでガチガチに固めていて……、今思うと、海苔が額に貼りついているような感じだったと思います(笑)。
ずっと髪の毛をまとめるために短くできないという先入観があったんですが、つけ毛を使えばシニヨンにできることを知ってから、しばらくボブにしていた時期もありました。

はじめてヘアカラーをしたのは21歳のとき。赤く染めたのですが、それは私の大好きなダンサーのシルヴィ・ギエムさんが赤毛のボブで凄く素敵だったので、真似をしたくて(笑)
ヘアスタイルに関しては私生活より舞台のことを考えて長さや切り方をキープしているところはあります。私はお団子が小さくなるように、髪を鋤いてなるべく量を減らすようにしています。

上野水香さん

——上野さんはどうやって髪を染めているのでしょう?

上野さん
今は行きつけの美容室でお願いしていますが、最初のヘアカラーは美容院でやってもらって、色が抜けたら自分で染めるようにしていました。
最初は自分でやってもなかなか思い通りの色にならなくて、最終的にいちばん綺麗に赤色が出たのがヘアマニキュアだったんです。とにかく鮮やかな赤にしたいのでブリーチをしてから染色剤をたっぷり使うんですが、自分でやるから首元まで染まってしまって、同僚から「ミズ、昨日髪を染めたでしょ」って言われたりして(笑)。
その頃はピンクと赤の間ぐらいのカラーでしたし、マニキュアの赤が抜けてきてブリーチしたブロンドカラーだった時期もありましたね。

上野水香さん

——海外では「日本人は黒髪が美しい」というイメージを抱かれることもあるかと思います。舞台に立つときは黒染めをしているんですか?

上野さん
ローラン・プティさんは黒髪が好きで「絶対に黒にしろ」という方でしたので、私もローラン・プティさんの舞台に立っていた時は黒に染めていました。
非常に美意識に優れた方がそれほどこだわっているということは、きっと黒髪には人種や国籍を問わず人を惹きつける独特の魅力があるんでしょう

あとは『ザ・カブキ』という作品は日本人を題材にした作品なので、黒髪という指定があります。ですから、今でもその演目のときはシャンプーで落とせる髪色戻しスプレーで染めていますね。
ただ、私の場合は重たく見える気がして、黒髪のときはシニヨンを結ったあとから銅粉を付けて明るく見えるように工夫していました。そうすると、シックさのなかに華やかさが加わるように思います。

それ以外は海外に行ったときも、『白鳥の湖』でも赤い髪のまま出ていましたし、基本的にモナコのアカデミー時代からずっとヘアカラーをしています。
昔は東京バレエ団にも黒髪にすべしという規定があったのですが、幸い特に注意されることはありませんでした。

今のヘアカラーはブラウンですが、舞台に立つと照明で一段明るくなって金髪のように見えるんです。
私にとってはこの色が舞台上で一番映えるベストな色合いのように思います。

どんな髪型や髪色の場合も、舞台上で自分を美しく見せたり、その演目の表現を深めたりと、目的があって髪色や髪型を決めています
髪色や髪型はバレエダンサーの表現方法として重要な役割を持っていると思います。

スタイルを保つための
日々のケアも自分らしく

インタビューを受ける上野水香さん

——ヘアスタイルやケアについて、気をつけていることや悩みはありますか?

上野さん
私の髪はすごく猫っ毛なので、巻いてもすぐにストンとストレートに戻ろうとするんです。はじめてパーマをかけた時も1週間ほどで取れてしまって、美容師さんに相談して「スパイラルパーマじゃないと無理だね」という話になり、3〜4時間ぐらいかけて髪の毛を巻いて、やっと緩やかなウェーブになるくらいで、それが悩みですね。

普段のケアに関しては髪を洗った後にオイルを塗るくらいで、保湿に気をつけること以外に特別なことはやっていないんですよね。もともと髪質自体が丈夫なこともあって、きっとパーマがかかりにくいんだと思います。
強いて言えば、最近青汁を飲み始めたのですが、いつもお願いしているヘアメイクさんから「あれ、髪質が変わったね」と言われたので、ひょっとしたら効果が出ているのかもしれません。

上野水香さん

——体型の維持もきっと大変だと思いますが、普段心がけていることは?

上野さん
食べることが大好きなんですが、すぐに体重に影響が出てしまうんですよ。なので食べる日はしっかりと食べるけれど、次の日は節制するようにしています。体重が増え続けてしまうと戻らなくなってしまうので、痩せることよりも維持することに気を遣っています。
ただ、体重計は普段見ないようにしています。数字として分かってしまうと「何kgまで減らさなきゃ」とストレスになっちゃうんですよね。それに練習でポジションを組めば「何かいつもと軸が違うな」、「普段より腿の隙間が無いな」というふうに体の変化が分かるんです。

愛車のボルボと一緒に映る上野水香さん

愛車にボルボを選んだのは「世界一安全なクルマだから」とのこと

——体型維持もセルフケアも大変かと思いますが、息抜きとなる趣味などはありますか?

上野さん
趣味はドライブですね。趣味でもあり、家が遠いので足でもあり、いつも車に乗っています(笑)。オフの日は車に乗って海に出かけたりするのが楽しみのひとつです。

夢にまでみたショートヘアに
いつか挑戦してみたい

上野水香さん

——バレエは数ある踊りのなかでも、たゆむことなく人体の美を追い求めるものでもあると思います。女性の美とは、どこで表現されるものでしょうか?

上野さん
『ボレロ』を踊るとすごく実感するのですが、髪の毛が揺れ動く様子はとても綺麗なんです。
先ほども言いましたが、私の髪はすごく猫っ毛なので、だからこそ独特な動き方をするんですが、それがある意味でフェミニンな表現になっている面もあります。だから、女性の美しさのひとつは「柔らかさ」なんじゃないかな、と思います。

——ヘアカラーを変えると舞台での印象も変わるように、プライベートの着こなしも変わるように思います。今後挑戦してみたいヘアやカラーはありますか?

上野さん
やっぱり黒髪から明るくすると、似合う服の色がすごく変わりますね。またいつかボブにしたいですし、もっと短い髪型も試してみたいですね。私は幼少期に夢に出てきたぐらい、ショートカットにずっと憧れがあるんです。

ショートカットで赤いヘアカラーだった約20年前の上野水香さん

約20年前、ショートカットで赤いヘアカラーだった上野さん

上野さん
ただ、『ボレロ』を踊っているうちは髪の毛を短くできませんし、カラーも大きく変えないつもりです。
以前のように真っ赤な髪にはもう興味がないですが、今のカラーに少しピンクのニュアンスを足した色味はいいかもしれませんね。

——上野さんは2023年3月で一度東京バレエ団を定年退職され、ゲスト・プリンシパルとして引き続き舞台に立たれていらっしゃいますが、暮らし方や心境に変化はありますか?

上野さん
やることは今までと変わらないので生活そのものに変化はないですし、踊っている間はきっと同じだと思います。ただ、永遠には踊り続けることはできないので、実際に引退するときが来たら切り替える必要があるんだと思います。
今までずっと身体をいじめてきたので、踊らなくなったら身体がどう反応するんだろうっていう不安や、引退した後はバレエ一筋だった自分の生き方をどこに置けばいいんだろうと少し怖さもあります。
でも、そのときはずっと憧れていたショートヘアにもやっと挑戦できますね。

取材を終えて

幼少期からバレエに全身全霊を捧げてきた上野さんにとって、髪の毛もまた表現のための手段であり、最も大事にしている演目『ボレロ』を構成する要素のひとつのようです。
“研ぎ澄まされた凄みのなかにある柔らかさ”という、上野さんが表現する美。
それは確固たるフォーマットが存在するバレエという芸術のなかで自分なりの表現を模索する姿や、あくまで舞台に立った時のことを考えながらもヘアスタイルを楽しむことも忘れない上野さんの姿とも重なります。

そんな上野さんから、最後に上野さんにとってご自身の心を彩ってくれるもの「COLOR MIZUKA's HEART」を教えてもらいました。

上野水香さん

COLOR MIZUKA’s HEART 「観客からの喝采」

私は今も昔もバレエ一筋で生きてきました。練習はとても地道で辛いですし、この世界は美しいことばかりとは言えないですが、舞台に立ってお客様が喜んでくれることで、自分がハッピーになることができます。

やっぱり私の人生を彩っているのはお客様の拍手だったり、感動を伝えてくれる声だったりするのでしょう。拍手が鳴り響くその瞬間は、それ以外のすべてが些細なことに思えてしまうぐらい、生きている実感をいちばん味わえますから。

      


上野水香 オン・ステージ

2024年3月、東京バレエ団が特別公演〈上野水香 オン・ステージ〉全国ツアー 浜松・横須賀公演を開催。上野水香の代表作のひとつであるベジャール振付の名作「ボレロ」をはじめとする多彩な演目を、東京バレエ団とともに上演します!

【浜松公演】
2024年3月30日(土)
会場: アクトシティ浜松

【横須賀公演】

2024年3月31日(日)
会場:横須賀芸術劇場



取材協力/東京バレエ団
写真/よねくらりょう
取材・文/廣田俊介

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